体験談2. 生まれてくれてありがとう

息子は救急車で大きな病院に運ばれました。
入院中は小さい手足にいっぱい管を入れられて、保育器で過ごしました。


数週間後にやっと我が子を抱きしめた時は、まだ、ところどころチアノーゼが残っていました。そのとき、神様から授かった尊い命なのだから、もし障がいが出たとしても共に生きていこうと、心から思いました。

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その後、私は神理に巡り合いました。
子どもを授かることに偶然はなく、あの世で親子になることを固く約束してくること、そして愛を学ぶために必要な状況を計画してくることを知りました。
私たちは永遠の命を持つ魂という存在です。障がいはこの世ではつらいことのように思われていますが、永遠の命という視点から見ると決してそうではない、ということもわかりました。
さまざまな経験を積んで魂を成長させたいと願っているから、あえて困難な状況を自分で選んで生まれてくるのです。

現在は、妊娠すると、障がいがないかどうかの検査をする方もいらっしゃるようですが、親子は生まれる前に、どんなことがあってもこの世で一緒にがんばろうね、と約束をしているのです。
どうか、授かった子は障がいがあろうがなかろうが、生んでいただきたいと思います。

あれから息子は、障がいが出ることなく成長しました。
しかし息子も、たとえ障がいを持って生まれたとしても、必ず愛ある中で育ててもらえると信じて、この世に飛び込んできたのだと思います。
もしあの時息子の命をあきらめていたら、私たちを信じて生まれてきた彼の魂を深く傷つけることになったでしょう。

あのとき息子を育てる決断をしてくれた主人に、心から感謝しています。
神理を知った今だからこそ、息子の命をあきらめなくてよかったと心から思います。
そして「私のところに生まれてきてくれてありがとう」と、感謝の思いでいっぱいです。

 

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