体験談3. ありのままの子どもたちを抱きしめて

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中丸 留美子 40代

「ぼく、Aくんに、てがみをかきたい」
長男が4歳になったころ、友達にお手紙を書くようになりました。
字を覚えるので、とてもいいと思い、私も積極的にすすめていました。


とても仲のいいA君に手紙を書きたいと言ったので、お手本の文章を書いてあげて、長男はそれをまねして書きました。字が大きかったり小さかったり、形が整ってなくて読みづらいものでしたが、本人がいっしょうけんめいに書いたものだからと、園に持たせました。


3週間過ぎたころ、A君が手紙をくれたと長男が大喜びで見せてきました。
見たところ字がとてもていねいで、まるで習字のようなきれいな字です。私はショックでした。長男は喜んで「返事を書く」と張り切っています。
また長男のために、私が手本の文章を書いてから書かせてみたのですが、A君の字と違って、大変読みづらい、形の悪い字でした。長男に直すポイントを言ってもう一度書き直させましたが、何度言っても直りません。A君の字とは比べものになりません。
「こんなの恥ずかしいよ。こんな字の手紙なんて出しちゃダメだよ」
私が言うと、長男は「はずかしい…てがみだしちゃダメ…」とがっかりしたように言います。
その様子を見て、あぁ、なんてことを言ってしまったのだろう。長男を傷つけてしまった、言いすぎてしまったと後悔しました。
その後、A君に手紙を出してもいいよと言いましたが、それっきり興味も失せたのか、しばらく手紙を書くことはなくなりました。


早い時期から字を読み、書けるようになることは、将来長男のためになると思い、教えてきました。物覚えのいい子だったので、この子はできる子だと期待をしていました。でもお友達の字の方がきれいに書けているというだけで、私は自分の期待を裏切られたように思い、長男を責めてしまいました。
いつの間にか、字を書くのは、長男のためではなく、自分のためになっていたのです。


神理の本を読んでいた時、「子どもたちを、お勉強ができる、できないで裁くのではなくて、ありのままの姿を受け止めて下さい」と書いてあるのを読んで、私は、ハッと自分の間違いに気づかされました。