体験談7. 乗り越えられない試練はない

木蓮 50代

皆様に私の次男のことをお話しさせていただきたいと思います。
次男はハンディキャップをもち、この世に生まれてきました。先天性心室中隔欠損症と先天性側弯症という病です。
詳しく説明しますと、心臓の心室の上部に小さな穴があいているため、自然閉鎖の可能性は厳しく、最終的には手術の可能性もあるとのことでした。脊椎にも2か所異常があり、3歳で一度目の手術をするとのことでした。
大きくて元気な赤ちゃんでしたので、病院の先生から病名を告げられた時の衝撃は今でも鮮明に覚えています。私はショックで大泣きしてしまいました。診察室で泣き崩れる私を整形外科の先生が救って下さったのです。叱咤激励していただいたのです。
「お母さんが泣いていても、何にも事態は変わらないよ。いちばん大変なのは赤ちゃんだから。お母さんはいつもニコニコ笑って、太陽のように。そうそう、その笑顔で赤ちゃんを育ててあげて」と。
私は覚悟を決めて、その日から毎日笑うことにしました。
その頃の私は神理も知りませんでしたし、2歳違いの長男もおり、毎日必死で子育てしていたように思います。2人でじゃれ合う長男と次男の笑顔が、私にとって何よりの心の支えでした。
次男の満1歳のお誕生日の頃、心臓の穴の完全閉鎖がわかったのでした。
自然治癒したのです。

次男が3歳になり、一度目の脊椎の大手術を地元の病院でしていただきました。先生からの説明は、「できることはすべてやりました。様子を見ていきましょう」ということでした。
やがて、次男が中学生になり成長期を迎えると、脊椎の側彎がひどくなりました。
執刀医の先生は他の病院に移動され、新しい担当の先生からの説明は、「今は手術できない」とのことでした。
一度目の手術で、脊椎のいびつな骨が完全に取り除けていなかったので、背骨が真っ直ぐに伸びず、S字に曲がり、心臓を圧迫しはじめていたのでした。
私はこの事態に居ても立っても居られず、インターネットで手術してもらえる病院を自力で探すことにしました。検索しても病院が多すぎて、どの病院が良いのか素人の私には、さっぱり分かりませんでした。
偶然見つけた先天性側彎症の母の会で、滋賀の病院に良い先生がいることがわかり、早速診察していただいたのです。
「かなり難易度の高い手術になるので、うちの病院で手術できるかどうか検討するので、時間をください」と、言われました。